明石海峡をへだて淡路島を望む霞ヶ丘の丘陵の台地に霞ヶ丘廉売市場を設立したのは昭和31年5月でした。当時は西神戸の別荘と言われ、高級住宅地帯で、わずか80戸の住宅でした。そして、問題となったのが霞ヶ丘中央市場の誕生でした。当初は何とか経営を進めたが、やはり人口稀薄地帯に2市場は無理のようで、双方の市場の経営は難航しました。その後、垂水地区がベッドタウンとして脚光をあびるようになり、住宅の建設も進んでようやく市場も賑わいをみせました。
昭和42年には隣接のタメ池を買収して市場を増設、組合員も一致団結して消費者サービスに努めて繁栄をはかりました。スーパー対策として、共同仕入れ、業種の整備、販売品目の専門化などに力を入れるなど積極的に推進してきました。ダイエー、ジャスコなど量販店、コンビ二、コープ出店に対し、今後は一層の消費者サービスにつとめます。 |