神戸開港150年~開港と共に歩む神戸の小売商業の発展~

Ⅰ 戦前の商店街の発展

商店街の誕生

1868年1月1日(慶應3年12月7日)、神戸が開港。
外国人居留地が建設され、多くの外国人が来住し貿易がはじまりました。

神戸は西日本における内外の物資の集散地としての役割を果たすようになり、全国各地から人が集まり神戸の人口は急増しました。

当時「雑居地」と呼ばれた、日本人が住む地域に外国人がまざって住むことが認められ場所に、外国人向けの商店や日用品を売る店が出来ました。
現在の元町や中国人が多く店を出している中華街がそれで、この地域には洋服店・西洋料理店・精肉店・日本料理店・洋家具店など多くの店が軒を連ね、外国人だけでなく日本人も訪れ、神戸における商店街のはじまりとなりました。
兵庫の町でも魚・穀物・乾物・油・煙草など日用雑貨を売る店が増加したことがうかがえます。

1889(明治22)年、神戸市が誕生。次第に市街地が整えられ商店が建ち並ぶようになります。
やがて大正時代に入ると、大正4、5年頃に大正筋商店街ができ、新開地は興行街として賑わいを見せ、湊川神社の多聞通、三宮の小野中道(現在のそごう百貨店の南の東西道路)などが市内有数の商店街として賑わってきます。

小売市場の開設

1918(大正7)年7月、富山で起こった米騒動が全国に波及、これを契機に生活必需品を安価で売る「公設小売市場」が誕生。
神戸市では東(生田川)、中央(湊川)、西(芦原)市場が開設、さらに熊内、平野、長田など6市場が開設され、合計9市場となりました。

「社会公共への奉仕」をモットーに、全市場の業者が集まって神戸市公設小売市場親交会(のちの神戸市公設市場連合会)を結成し、市民のための小売市場を目指し消費者への安価な食料品の供給を目的にしたのです。
また、公設小売市場と並んで、私設小売市場も開設され、両者相まって地域住民のための親しみやすい小売市場を目指しました。

戦時統制の開始

1931(昭和6)年の満州事変を契機に時代は準戦時体制に入り、昭和13年の国家総動員法の施行によって統制経済の時代を迎え、配給制度が実施され、商店街・小売市場は苦難の時代を迎えることになります。
1941(昭和16)年12月8日、太平洋戦争が勃発し、国民の経済生活は質素倹約を強いられることになります。
1945(昭和20)年3月17日と6月5日の神戸大空襲で、市内の大半が焼け野原となり商店街の殆どが灰燼に帰しました。1945(昭和20)年8月15日、終戦を迎えました。

Ⅱ 戦後の商店街の発展

商店街の復興

神戸市は、1946(昭和21)年、商店街再建協議会を設置し復興に乗り出します。
戦争中戦闘機製造用として残されていたジュラルミンを使って商店街をいち早く復興した元町商店街は「ジュラルミン街」と呼ばれ、全国の注目を集めました。
市内各地でも戦前からの商店街の復興がはじまりました。
兵庫区の平野商店街、灘区の水道筋商店街、須磨区の板宿本通商店街などが復興を果たしました。
神戸市の協力、商店主の熱意と意欲によって商店街は日を追って整備され、1951(昭和26)年9月、神戸市商店街連合会が発足しました。
加盟商店街45、会員約3000店にのぼりました

新しい商店街の誕生

戦後、各地に装いを新たにした商店街も生まれました。
そうした商店街の一つが三宮センター街です。
旧三宮本通商店街を「三宮センター街」と名付け、街路灯やアーケードを整備し、買い物客を三宮センター街に向けさせるのに成功しました。
さらに、1965(昭和40)年11月、神戸で初めての地下街「さんちかタウン」(現さんちか)が誕生しました。

小売市場の発展

戦災によって大きな被害を受け、終戦時には24市場にまで激減した小売市場も1949(昭和24)年には53市場までに増えました。
同年5月、公設・私設小売市場を糾合した神戸市小売市場連合会が結成され、小売市場が連帯して市民のための食料品・日用品の安価な提供を目指しました。
市民の生活に密着し奉仕をモットーとした小売市場は、神戸市に合併した東灘区の市場も加え、70市場に達しました。

スーパーマーケットの登場

昭和30年代に入って、我が国に初めてスーパーマーケットが誕生。
セルフサービスというそれまでに買い物客が経験しなかった販売方法を採用し、食料品を中心に大量・廉価販売を行いました。
スーパーマーケットの出現によって、商店街の個人商店などは、それまでの顧客を奪われ売り上げの減少という厳しい状況を経験しました。
しかし、これで商店街が減少したのではありません。
昭和52(1977)年から平成4(1992)年の15年間に新興住宅地の開発などで192から262へ、70ヵ所増加しています。
そして対面売買によって顧客の注文にも応じるなど、スーパーマーケットでは出来ないきめ細かいサービスの提供によって、顧客を取り戻す努力がなされました。
小売市場でも、共同仕入れによる廉売やサービスデー(市場デー)の設定など、顧客本位の企画によって市場の一層の繁栄が目指されました。

Ⅲ 消費者・顧客と共に歩む商店街・小売市場へ

商店街・小売市場は、神戸の開港以来、外国人や日本人の増加、神戸市街の広がりとともに発展してきました。
現在に至るまで神戸は阪神大水害・戦災・そして阪神・淡路大震災と三度の災害に見舞われ、商店街・小売市場は大きな被害を蒙ってきました。
しかし、そのたびに見事に復興し、食料・日用品を提供するという市民のためのかけがえのない施設として大きな役割を果たしてきました。
これからもその役割の重要性は減じることはありません。
しかし、スーパーマーケットなど大型量販店との差別化が必要なことも事実です。
その一つは、小売店の最大の利点である対面販売をさらに活かすことです。
顧客と対面することによって商品知識の伝授や商品情報の提供ばかりでなく、顧客とともに地域の活性化やコミュニティづくりに寄与することによって、量販店との差別化が可能になります。
さらに、卸売市場との直結によって新鮮・安価な商品の提供など、さまざまな小売店のメリットを積極的に活かすことも必要でしょう。
そうすることによって商店街・小売市場の発展は可能です。
たしかにその道は平坦ではないでしょうが、その道はまだまだ大きく開かれています。

最後に、市民の皆さんも実際に足を運び、商店街・小売市場の魅力を再発見して下さい。

神木 哲男
昭和9年生まれ 昭和34年神戸大学経済学部卒業。経済学博士。
昭和53年同教授、経済学部長、副学長を歴任。神戸大学名誉教授。
平成10年中京大学経済学部教授、奈良県立大学学長を歴任。
社会経済史学会顧問、ひょうご学研究会代表幹事、神戸外国人居留地研究会会長を務める。
著書に『日本中世商品流通史論』『神戸居留地の3/4世紀』『歴史海道のターミナル-兵庫の津の物語-』『神戸と居留地-多文化共生都市の原像-』など多数